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「倫理学から学ぶ動物の権利 第一回(講師;田上孝一)」に参加してきました。

「倫理学から学ぶ動物の権利 第一回(講師;田上孝一)」に参加してきました。
http://www.arcj.info/news/detail/id=316

まずはじめに「倫理とは何か」なのですが、これは「道徳」と同じ意味だそうで、倫理学と言うのは道徳哲学であり道徳の根拠を探求するものだそうです。

そして、「我々はどう生きるべきか」(ピーター・シンガーの著作の名称)が倫理学の究極のテーマとなっているとのこと。

倫理学の中には利巧主義と義務論と言う二つの立場があり、その違いは
利巧主義=行為の結果を重視。快楽やしたいことを出来るだけ満たし幸福になることが目的。自分だけでなく「最大多数の最大幸福」が目標。
義務論=行為の結果よりも内面的な動機を重視。結果を求めての行為ではなくなすべき義務を遂行すべし。

なぜ、上記の二つの立場が出てきたのかと言うと今回「動物の権利」を学ぶに当たり
利巧主義者であるピーター・シンガーと、義務論者であるトム・レーガンを比べつつ学ぶためでした。

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旧倫理学の大前提

旧倫理学の大前提では人間と動物を完全に分けて考えていました。

それは人間には理性があるので尊いとか、キリスト教的伝統として「人間は神の似姿、故に特別。人間以外の存在は神によって人間のために創られた。」等の考えによるもの。
だが、人は神に慈悲深さを求めるのに人は動物に無慈悲である。人間はそれを食べなくても生きていけるのに「味覚の喜び」のためだけに動物を無慈悲に殺して食べる。

と、旧倫理学は「人間中心主義的」でありました。

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こうした人間中心主義の問題点は、「人間には理性があるから特別」という根拠がそもそも曖昧で、例えば植物人間になってしまった人に理性があるのか、ないのならば人間ではないのか…という人間と他を区別するにはふさわしくないもの、合理的な根拠にはならないもの。
また肌の色の違い等で起こる人種差別も同じように合理的な根拠がない。
合理的な理由もなく人種だけで差別する人種差別(レイシズム)
合理的な理由もなく人間ではないというだけで差別する(スピーシーシズム)
人種差別が悪いものであるなら種差別も悪い、従って今日の動物に対する一般的常識は不正である。

「人間と動物を区切る合理的な理由」が無い…、人に生きる権利があるのなら動物にだってある。
人間には他者に殺されない生存権があるのに、人間が殺したいからと、大量に動物が殺されている。
同じように権利があるのに人間だけ尊重して動物を虐待するのは不正、動物も権利ある存在として扱わなければならない。

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そしてここらからが初めに書いたシンガーとレーガンなのですが、

シンガーは選好利巧主義:シンガーは無神論者だったのでキリスト教的「人間中心主義」に囚われていない。
選好(したいこと)があるものが対象なので植物は入らない。ただし人間が利用する多くの動物は明らかに感覚的存在なので対象。
人間のために多くの苦痛を強いられている動物は不正な状態である。

けれど、シンガーは利巧主義なので結果で何が得られ、何が失われるかと言うことが重要。
現行の動物利用のあり方が、それによって得られる利益と、失われる利益が釣り合わなければ批判するという考え。
例えば肉食は食べる必要のない肉を大量生産するために工場畜産により動物に多大な苦痛を与えているから悪なのであって、動物を食べたり殺したりすること自体は悪ではない。

また、動物実験や人体実験に関しても同じように「一つの命の犠牲によって、いくつもの命を救えることができ、他に方法がないのであれば実験は正である」という考え。

レーガンは義務論者:動物は「権利の主体」として人間同様、もっぱら手段として利用されてはいけない存在。
従って工場畜産はもとより、動物実験、動物園、サーカス、競馬等、動物を手段として利用することは原則禁止とするべきである。
と言う考え。

レーガンの言うような、本来の動物の権利論は、後継者であるゲイリー・フランシオンによれば
動物利用を一切なくそうとする「abolitionist approach(廃絶主義的アプローチ)」だとされる。

フランシオンによれば「動物の所有」と言う行為も「動物の権利侵害」であり、
人間を売買してはいけないように動物も売買してはいけない。

…という考え…。

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はい、ここで困ったしまいました…。
私としては当然レーガンやフランシオンを支持したいところです。

が、売買はしてないものの、動物を所有しております。
猫なんて閉じ込めています…。

それともう一点、犬猫に動物性のものを食べさせています(工場畜産ものですね)

動物の権利についてはいわゆるペット(コンパニオンアニマル)についても難しいことたくさんありそうです。
(そあたりは次回になるのかな)

自分はビーガンな暮らしをしていても、犬猫はそうしない…と前から決めていました。
なぜなら自分は自分の意志でそうしているけれども、犬や猫がビーガンになりたいのか…という疑問があるからです。

そうは思っていても改めて突き付けられると…うーーん、うーーん…。

自分一人だったら簡単な問題なんだけど、犬猫がいると難しくなっちゃうなぁ…。

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上の方に書いた文章はいただいたプリントから拾ったもので全文ではありません。
抜き出して書いているのでつじつまが合わないような部分があるかもしれませんが、こんな話を聞いたよと言う雰囲気だけでもわかっていただけらと思います。

また、今回の勉強会で、人と話す際に
「共感を得られないと説得も得られない」と言う言葉がありました。
これは常々感じているのですが一生懸命なあまり相手にひかれる…、聞いてもらえなくなる…という残念な結果にならないよう肝に銘じておきたいと思います。

第2回も1月に予定しているそうですので、興味のある方はアニマルライツセンターへ。
http://www.arcj.info/

家族サーカス団

先日友人の日記にarkからのお願いが載っていた。

「ブルガリアのサーカス団 救済支援のお願い」

と題されたお願いの内容は
ブルガリア共和国から日本にやってきた家族サーカス団が
興業主の不手際(というか倒産、逃亡)により国に帰れなくなってしまった。
38匹の猫と6匹の犬を輸送するだけで、400万円ほどかかってしまう。
募金をはじめたもののその時点ではまだ半額ほどでまだ帰れずにいる
という内容の募金の呼びかけだった。
動物を使ったサーカスや見世物の是非はともかく(と友も言っていて)
異国の地で帰ることもままならなくなってしまった家族サーカス団を
気の毒に思う気持ちはよくわかった。

それから
*この件に関しましては、1月26日(木)に毎日放送「VOICE」で放映されました。
変化や進展がありましたら、順次放映される予定です。 (arkサイト内ニュースより)

との事で何人か友人にも見た人がいた。

その後
*ブルガリア・アニマル・レスキュー基金は、おおむね目標金額に
達しましたので、一旦打ち切らせていただきます。
ご支援いただいた方々には、心より御礼申し上げます。
詳しい報告は、後日必ずさせて頂きます。(arkサイト内ニュースより)

と、無事に帰れそうな状態になったらしい。
友人の日記を見て募金に行こうと思っていた矢先に
募金終了になったので、今回は募金しませんでした。
それにしてもやっぱりテレビの力は大きいなぁ・・・。
放映してからあっという間に達成したような気がする。

無事に国まで帰れますように。
arkのHPはこちら
http://www.arkbark.net/

もし、犬や猫を飼いたくてむしろ成犬や成猫が欲しい方は
是非arkのような団体から引き取るといいと思います。
たくさんの動物が優しい人の手を待っていますよ。

JAVAコスメガイド(動物にやさしいショッピングガイド)

動物実験していない化粧メーカー103社を掲載しているので
これは是非買わなければと友人の分も購入した。
だが、これを友人にあげることは出来ないと思った。
事実である事は充分にわかっているのだが、
真実を見なければならないとわかってはいるのだが
写真を見ると心がつぶれてしまうのである・・・。
その写真は私が過去に見たことのある写真がほとんどなのだが
やはりもう一度それを見せられるのは、とても辛いのである。

でも、動物実験をしていないメーカーはわかったので
とても参考になった。
この先の商品は全てその中から選ぶ事にしよう。
今使っている生活用品(シャンプー、石鹸、化粧品等)でも、
それ以外の会社のものはすべて破棄することにしよう。

もし勇気を持って本を購入してみたい方はこちらから

NPO法人 動物実験廃止を求める会(JAVA)
http://www.java-animal.org/

JAVAさんの許可がもらえたら、この内容を公表させてもらおうと思う。

そして改めて言わせてもらおう。
「毛皮反対!動物実験反対!!」

『毛皮反対!!』FAKE FUR(フェイクファー)の薦め

・・・FAKE FURは合成繊維で出来た毛皮風製品です。・・・

毎年冬が近づくと心を痛めるものをたくさん目にするようになる。
どこの洋服屋にもアクセサリーショップにも置いてある毛皮製品だ。
最近では毛皮と言わずにFUR(ファー)と呼ばれることが多い。
2005年冬の流行はカーディガンやジャケット、ベスト、それからバ
ッグなどに少しだけ毛皮を使っている製品「ちょこっとFUR」だ。
ちょこっとだろうとなんだろうと毛皮の向こうに動物の死体が見える。
もちろん購入者には、目の前にある毛皮の商品にしか見えていないだろう。
若者向けのお店などで売られている商品の多くはウサギだ。
襟周りについているだけで1匹は使われているだろう。
高級ブティックやブランドの店にはキツネやミンクが多い。
これの数はすごいものがある、ロングコートだったらキツネは
20匹以上、小さなミンクは桁が変わってしまう数が使われる。
それだけの剥ぎ取られた毛皮を着て歩いている人を見ると
思わず息をのんでしまう。その毛皮の見事さにではなく
その毛皮のために殺されていった動物達を想像してしまうからだ。

どんなふうに「想像してしまう」のか?

毛皮製品を流通させる人達にとって動物達は「生きもの」ではない。

心臓がある生命だと言う観念がないから毛皮を剥ぐ作業は
ローコスト最優先の非情な状況になる。

もし知っていたならきっと買わないだろう。
いや、買えないだろう。

しかも、毛皮を着なければ死んでしまうほどの極寒の地に
住んでいるわけではない。
むしろ暖房の行き届いた都会に住んでいるのに、
自慢げに毛皮を着ている人を見るとものすごく
「頭の悪い生きもの」を見たような気になる。
それが贅沢品であればあるほどそう見えてくる。

トラの毛皮の敷物がある、虎を一頭丸々使っている。
その虎が絶滅の危機に瀕している。
そんな風に人間の手によって絶滅の危機に瀕する野生動物も多い。
日本国内では「ニホンカワウソ」が毛皮目的のために乱獲され、も
はや絶滅危惧種になっている。
商売になると知るや絶滅するほどまでに殺し続ける人間のおろかさ。
店頭に並んでいるから、手触りが良いから、高級だからと商品を買
ってしまう人間のおろかさ。
買う人間が無くならない限りこの悪循環は続いていくのだ。

だから『毛皮を買うのは、もうやめよう!』

リアルファー(本物の毛皮)じゃなくてもフェイクファーで良いではないか!
フェイクファーは合成繊維で作られている。最近はとてもよく出来
ていて着方のうまい人や、品のある人が来ているとリアルと間違えてしまう時がある。
逆にリアルを着ているのにフェイクにしか見えない人もいる。
そういう人は、自分の価値を内側からではなく外側だけでしか飾る事の出来ない、
本当の意味での豊かさに欠ける人間なんだと思う。

フェイクファーは生命と言う犠牲を払わずに、人が作り出した美しい製品だ。
リアルファーの後ろには生命の犠牲と、そこにまつわるお金亡者の
醜い姿がずっとずっと憑いて回っている。
美しい動物達を絶滅させるのではなく醜いお金亡者を絶滅させよう。
そのためにはリアルファーを買わないことに尽きる。
需要がなければ供給はされない。
供給しないのであれば動物を殺す意味がないのだ。

野生の動物だけでは足りない場合は毛皮を剥ぐために飼育することも多い。
そうやって作られた動物なんだから良いじゃないかと思う人も多いと思う。
けれどその動物達が製品化されていく過程はあまりにも残虐で、
多くの苦痛と血にあふれている。
そのことについて知りたい人は「毛皮反対」と検索してみるといい。
たくさんの情報が出てくると思うが、中には見てしまうと
悲しみにとりつかれてしまいそうな写真や映像があるので
注意しながら見ることをお薦めする。
そしてずる賢い人間達は表示にまで嘘を付け加える事が多々ある。
「ワイルドキャット」は普通の猫であり、「ジャッカル」と書かれているものは
捕まえられた犬のことが多いそうだ。
・・・もし自分のうちの犬や猫が捕まえられてしまったら・・・
そんな事を想像すらしたくない。

革製品について
毛皮の話をすると、革製品はどうなの?と聞かれることが多い。
革製品については靴やカバンなどに使われている多くは
人が食べてしまった牛のものではないかと思われる。
食べるために殺された動物は出来ればその全てを有効に使ったほうが
良いのではないかと思う。

ただし、食べる事が大前提で、その順位が入れ替わってはいけない。

食べるために殺すのであって、皮のために殺して仕方なく食べるのでは
本末転倒になってしまう。
そういう意味ではワニ(一部地域の人達は食べていると思うが)等の革製品を
日本人が喜んで買っていると言うのは、本末転倒につながりやすくなるので
大反対だ。

「万物の霊長である」と言うのであれば、弱い生物相手に殺戮を繰
り返すのではなく、広い心で弱い生物を救うべきだと思う。

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